25.5.20【第2章】吉田武寛の創作スケッチ

語りあう

第2章:困難と躍進

― コロナ禍、そして“カンパニー”としての成熟 ―

2020年、世界を襲った新型コロナウイルスの影響は、演劇の現場にも容赦なく及んだ。客席数の制限、公演中止、稽古の分断。そんな困難の中でも、ILLUMINUSは創作の歩みを止めることなく、むしろ次々と新たな作品を打ち出していく。

このタイミングで立ち上がったのが、『女王ステ』の姉妹シリーズとして企画された男性俳優のみで描く『王ステ』シリーズだった。

脚本・演出を手がける吉田武寛は、補助金の活用や稽古環境の工夫を通じて、制限の中でも“やれること”を最大限に模索。柔軟な創作姿勢と挑戦を重ねながら、観客の心に深く残る作品を次々と生み出していった。

同時に、照明・音響といった舞台技術、そしてキャスト陣の表現力も着実に進化。カンパニー全体としてのスキルも洗練され、作品はより密度と厚みを増していった。

 

 

『王ステ』シリーズの変遷を振り返る

 

アセビカンナ:『黒の王』を立ち上げて、すぐにコロナ禍になったと思うんですけど…。

 

吉田武寛:そうですね。

 

アセビカンナ:ああいう、ある種“類を見ない”特殊な状況のなかで、いろんな制限がかかっていたと思うんですけど、その中で吉田さんの創作スタイルに何か変化はありましたか?

 

吉田武寛:『黒の王』は…今だから言っちゃいますけど、あの時期って補助金があったじゃないですか。それで、逆に「予算をいくらか使わなきゃいけない」みたいな縛りもあったりして。
だからこそ演出面で遊べた部分もあったんですよね。

 

アセビカンナ:なるほど。

 

吉田武寛:それに、ありがたいことにあの時期からお客さんが増えてきて、全員がワイヤレスマイクを付けられるようになったんですよ。『黒の王』って、もうマイク全員付けてましたっけ?

 

アセビカンナ:どうでしたかね…。

 

吉田武寛:『女王ステ』の初期とかは、全員分のマイクが用意できなくて、入れ替えたりしながら使っていたので。

 

アセビカンナ:そうでしたね。マイクが足りなくて、交代で付けてましたよね。

 

吉田武寛:そうそう。コロナ禍なのにお客さんが増えてきて、ようやく全員分のマイクが用意できるようになった。 それでも制約はありましたけど、作品としては広がった部分もあったと思います。

 

アセビカンナ:音楽の多い作品ですし、マイクはやっぱり重要ですよね。

 

吉田武寛:はい。曲数もどんどん増えてきて、やれることもどんどん増えていった。補助金で演出面にお金も少しかけられた。そういう意味では、コロナが与えた影響って、良い面もあったと思います。

 

アセビカンナ:『星屑の王』なんかは、延期になったりしましたよね。しかも、1年後の延期公演では、吉田さんが小屋入り前にコロナに罹ってしまって、場当たりに参加できなかったこともありましたよね。

 

吉田武寛:そうなんです。『星屑の王』の本番、僕、観れてないんですよ。劇場で。

 

アセビカンナ:そうですよね。映像ではご覧になってると思うんですけど、生で観れていないと、やっぱり現場で何が起きていたかは分からないですもんね。

 

 

 

 

吉田武寛:本当に。『黎明の王』の頃には、コロナの影響もだいぶ落ち着いてきてはいたんですけど――
『屍の王』の時期は、まだ世間的に揺れているタイミングで。
「もう自粛はいいんじゃない?」っていう声もありつつ、「でもまだ感染は続いているし…」みたいな空気感がありましたよね。

 

アセビカンナ:そんななかでも、すごくお客さんがガッと戻ってきたじゃないですか。『屍の王』の時って。

 

吉田武寛:あれは、作品の評判がよかったからだと思いますけど、キャストの力も大きいですね。 けど、『屍の王』で大きく跳ねて、そこから『黎明の王』にも勢いがついて。その流れで、「もっと大きい劇場でやってみよう」って言ったんです。それまでは六行会ホールだったのが、今ではスペースゼロや、さらに大きなホールを使うようになりましたから。

 

アセビカンナ:それはかなり大きなステップアップですよね。

 

吉田武寛:そうですね。プロデューサーをはじめ、関係者のみんなにとっても大きな決断だったと思います。でも、「今しかない」と思って、一歩踏み出した結果、今があると思っています。

 

 

音響・照明・キャスト技術の進化、規模拡大

アセビカンナ:コロナ禍でもほぼノンストップで、『女王ステ』も『王ステ』も継続して作り続けていましたよね。
『女王輪舞』『女王演義』もありましたし、『赤の女王』『純血の女王』の再演もありました。

 

吉田武寛:そうですね。『女王輪舞』は特に、ちょうどコロナが一番ひどい時期で、歌が生歌じゃできなかったんです。

 

アセビカンナ:あれは、吉田さん的には心残りだったりしますか?

 

吉田武寛:まあ、心残りといえば心残りなんですが、当時は他の演目でも同様に制限があったし、その中で“一番最善の形”を出せたとは思っています。

 

アセビカンナ:ちなみに、シリーズを何作品も続けていくなかで、「あ、自分ってこういう癖あるな」って思うことってありますか? 脚本を書くときでも、演出をつけるときでも 「これ、ついやっちゃうんだよな」みたいな技法とか。

 

吉田武寛:ああ、いっぱいありますね(笑)。僕、かっこつけるのが好きなんですよ。
あとはやっぱり、役者に“スター”であってほしいと思ってるので、なるべく“スターに見える演出”をしたいって、ずっと思ってますね。

 

アセビカンナ:毎回、作風とか方向性を変えようとしてる感じもしますよね。

 

吉田武寛:そうなんです。王道をやったら、次はちょっとズレたものをやりたいし。ミステリーをやったら、次は激しく動くものをやりたいし。お客さんに「次、どういう話なんだろう?」って予測させないようにしたいんです。だから毎回、なるべく作風やテーマは変えるように意識しています。

 

アセビカンナ:『女王ステ』や『王ステ』って、実在の史実や時代背景をもとにしていることが多いと思うんですが、「こういう話をやりたいから、これを題材にしよう」っていう順番なんですか?

 

吉田武寛:そうですねぇ……。特に『王ステ』は、歴史をちゃんと年代ごとに刻んでいってるので、その時代に合った題材と、自分が今やりたいことが一致する“接点”を探してます。

 

アセビカンナ:『女王ステ』は、時代が行ったり来たりしますよね。

 

吉田武寛:そうなんです。『女王ステ』は本数も多いし、ゴシックな作風が続いていたので、そろそろ違うことをやろうかな、という流れで『女王虐殺』を挟んだという経緯ありましたね。

 

アセビカンナ:『女王虐殺』って、かなり異質というか、モノクロなイメージの強い作品でしたよね。ある種「スーパーダーク」な世界観というか。

 

吉田武寛:たしかに。

 

アセビカンナ:照明も、色照明というよりは蛍光で後ろから照らすようなライティングで。
あの使い方も、すごく印象的でした。

 

吉田武寛:そうですね。『女王虐殺』は今でも好きですね、自分でも。

 

アセビカンナ:他にも、演出で「これ、ついやっちゃうな」みたいなことってありますか?
たとえば照明の色の好みとか。

 

 

 

 

吉田武寛:ありますよ(笑)。
よく言われるのは「ブルーが多いよね」ってことで。誰かが「吉田ブルー」って言ってたな。

 

アセビカンナ:たしかに! ファンの間でもよく聞きます。

 

吉田武寛:誰だったかな……照明の(高橋)文章さんだったかも。
確かに僕、ブルーが好きですね。明るい色があんまり好きじゃないので。

 

アセビカンナ:寒色系が多い印象はありますね。

 

吉田武寛:そうですね。セットも黒が好きで、白い美術はあまり使いたくないんですよ。黒だと舞台に“奥行き”が感じられるので。
逆に白くしちゃうと、奥行きを感じにくくなってしまうので、なるべく黒でまとめたいというのがありますね。

 

アセビカンナ:「この奥はどうなってるんだろう」って、闇の向こうを想像させるような。

 

吉田武寛:
そうそう。あとは、美術も照明も、なるべく“動かしたい”んです。
動くギミックがあると、毎回楽しくなっちゃって(笑)。

 

アセビカンナ:『女王虐殺』以降、ギミックが増えてきた印象はありますよね。

 

吉田武寛:それはありますね。 毎回何かひとつは、お客さんが驚いてくれるような“仕掛け”を取り入れたいと思ってます。

 

アセビカンナ:『黄昏の王』の「盆」なんかは、まさに最たる例ですよね。

 

吉田武寛:あれは王ステでもずっとやりたかったんですよ。もう“念願叶って”って感じでした。

アセビカンナ:王ステシリーズには佐藤弘樹さん、鵜飼主水さん、高岡裕貴さんというシリーズ全作品に出演している御三方がいらっしゃいますが、創作の中で彼らと相談などはしたりするんですか?

 

吉田武寛:そうですね。ヴラド・ヴィンツェルの2人には、あえてネタバレをしないようにしているところもあります。王ステは彼らの物語であるところが大きいので。
一方で裕貴くんは、毎回役が変わる分、“ちょっと外れた視点”で見てくれている感じがあって客観的な視点を持ってくれるし、吉田のアイデアはだいたい肯定してくれるので、相談しやすいんです(笑)

 

アセビカンナ:なるほど。やっぱり信頼関係あってこその役割分担というか。

 

吉田武寛:はい。ヴラド・ヴィンツェルもそうですし、ジェリコ役の磯野さんもそうなんですが、みんな「吉田がやりたいことをやってくれればいいよ」って言ってくれるんです。
プロデューサーも含めて。本当にありがたい環境で、やりたいようにやらせてもらっていますね。

 

アセビカンナ:『女王ステ』のほうも、千歳さんや日和さんといった、常連キャストが多くいらっしゃいますよね。
『女王ステ』のキャストとの関わり方って、『王ステ』と比べて違いはありますか?男女の違いもあるとは思うんですが…。

 

吉田武寛:うーん……『女王ステ』のほうが、あまり“言ってこない”かもしれないですね。
もちろん星守紗凪ちゃんみたいに、「吉田さん、次どうなるんですか? ワクワクしちゃう!」って聞いてくる子もいるけど、他のキャストはそんなに踏み込んでこない印象です。

 

アセビカンナ:『女王ステ』のキャストたちって、いわゆる“次作”に同じキャラで出るというよりは、
別時代・別設定で再登場するパターンもありますもんね。

 

吉田武寛:そうですね。
エリザベート役の三田麻央ちゃんや、常連の日和ゆずちゃんも、基本的には「次回、楽しみにしてます!」っていうテンションでいてくれます。

 

アセビカンナ:ある意味、キャストが“いちファン”として、作品をすごく楽しみにしてくれている感覚があるというか。

 

吉田武寛:そうですね。『女王ステ』のキャストは、 なんとなくですけど、そういう感覚がありますね。

 

アセビカンナ:シリーズをここまでやってきたなかで、吉田さん的に「これは手応えあったな」と思える作品ってありますか?
たとえば『王ステ』『女王ステ』それぞれで、「これは狙い通りだった!」みたいなものって。

 

吉田武寛:『王ステ』で言えば……やっぱり『屍の王』と『黎明の王』ですね。
『屍』は、アイデアや大筋を思いついた時点で「これは強いな」と思っていて、
曲もすごくよかったので、反響も大きかったです。

 

 

 

 

アセビカンナ:『女王ステ』ではどうですか?

 

吉田武寛:『女王虐殺』『女王幻想歌劇』、そして『女王演義』かな。
台本としては『演義』が一番好きです。
本当はああいう、人間の“朽ちていく終わり”みたいな一生を描くのが一番好きなんですよね。そういう意味で『屍』もすごく好きです。

 

アセビカンナ:たしかに『女王演義』と『屍の王』は、作中で時間が大きく経過しますよね。
ああいう作り方が吉田さんの本領なんですかね。

 

吉田武寛:そうですね。あれが一番好きなジャンルだと思ってます。
でも、そうそう毎回やれるわけじゃないので……数年に一度のペースでやっていく、という感覚です。

 

アセビカンナ:『星屑の王』なんかも、主人公チェーザレの“人生”を描いていましたもんね。

 

吉田武寛:たしかに。『星屑』もよかったんですが、劇場で観れてないのが残念です(笑)。
やっぱり、自分としては“人間の一生”をしっかり描く作品が好きですね。
いわゆる“グランドミュージカル”って、そういう“壮大な人生”を描くものが多いじゃないですか。だから、やっぱりそういうものを自分でも作りたいという気持ちはありますね。

 

 

 

 

アセビカンナ:インタビューに際して私も今一度 『王ステ』『女王ステ』のシリーズをざっと振り返っていたんですけど、 その中で思ったのが、単純に「曲の数」や「曲の種類」が増えてるなって。吉田さん的には、シリーズが進むにつれて“ミュージカル性”を強めたいという意図があるんですか?

 

吉田武寛:ああ、ありますね。本当はもっともっと“ミュージカル”をやりたいんですよ。
だから、それに向けて少しずつ近づけていっている感覚はあります。
それに、スタッフやキャストがどんどん成長してきて、できることが増えてきたんですよね。

 

アセビカンナ:「キャパシティが増えた」という感じですか?

 

吉田武寛:そうそう、まさにそれです。以前だったら、「これだけ曲数があると稽古が間に合わないから削ろう」とかあったんですけど、今では3週間の稽古でしっかり形にできるようになってきた。
キャストもクリエイティブスタッフも、みんなが回数を重ねるなかで、「こうやればもっと効率的に作れるよね」っていうノウハウが積み上がってきて。そのおかげで、曲数も増やせるようになってきました。
歌もダンスも。

 

アセビカンナ:特に『女王ステ』は、最初の頃って“サーヴァント”の面々もアクションが得意ってわけじゃなかったですよね。でも今は、動きもかなり洗練されてきている印象があります。

 

吉田武寛:そうですね。 最初はアクション未経験のキャストも多かったんですけど、回数を重ねるなかで覚えていってくれて。 ハモリを歌うのも、今のサーヴァントたちはすごく得意になってきてるし。 任せられるキャストも増えた。全体として、カンパニーが育ってきたなって実感がありますね。

 

 

Next Stage→【第3章:創作の現在地と未来 ― 音楽、脚本、そして次なる野望へ】

王ステ - 公式サイト

女王ステ - 公式サイト

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