「誰も救われない、誰も報われない物語」をキャッチコピーに、美しくも残酷な悲劇の世界を男性俳優のみで描く『王ステ』シリーズ。その第8弾となる「虚の王:‖」が2025年12月に幕を開けた。冒険譚の中に人間の願いと矜持を織り込んだ本作の模様をレポートする。

冒険の果てに見えてくる、ひとりの青年の願い
舞台は18世紀初頭のパリ。強大な権力を握る二人の大臣の一人、グレゴワールは、市民を謁見に呼び出しては殺すという残忍な習慣を持つ男だ。ヴェルサイユ宮殿の使用人シェヘラは、幼馴染のエミールを救うため、自らがその身代わりとなる道を選ぶ。
「殺すのがもったいないほど、面白い話を聞かせる」そう交渉する姿は、『千夜一夜物語』の語り部「シェヘラザード」を想起させる。しかし本作が描くのは、“物語を語る者”としてのシェヘラではない。
シェヘラはヴラド、ヴィンツェルと出会い、共に冒険へと身を投じる。シンドバッドの航海やアラジンの魔法のランプを思わせるファンタジックな冒険の先で明らかになっていくのは、一人の人間としての切実な願いだった。

光と音が編む、異国の情景
作・作詞・演出はシリーズを一貫して手がける吉田武寛氏。歌、ダンス、アクション、照明、衣装、舞台装置――全てに見どころがある『王ステ』の魅力は今作でも健在である。
まず心を掴まれるのは、アラビアンな音色と、オレンジや黄色といった暖色の照明が生み出す舞台空間だ。これまでの『王ステ』が持っていたゴシックで冷たい印象から一転し、どこか異国情緒を強く感じさせる趣となっている。
舞台美術もまた巧みだ。柱や階段、布といったシンプルな要素が、あるときは宮殿に、またあるときは船や孤島、果ては洞窟へと姿を変える。その変幻自在な転換は、観客を「舞台を観ている」という意識から解き放ち、冒険の世界へと連れ出してくれる。

重厚なテーマを扱いながらも、冒険の高揚感やコミカルな掛け合いが随所に挟み込まれ、観客の心を軽やかに解きほぐす。緊張と緩和のバランスが実に心地よい。
ページを一枚ずつめくるように物語を追いながら、先を知りたい気持ちとまだ終わってほしくないという惜しさ、その相反する思いが同時に芽生えてくる。この感覚こそ、良質な冒険譚の証だろう。
風のように在る青年、シェヘラ
主人公の一人シェヘラを演じるのは、本シリーズ初参加となる金子隼也。命を狙われる立場にありながら、佇まいは終始堂々としている。

「風のように自由でありたい」と語るその姿は、言葉どおり風のように飄々としており、けれど「自由」という言葉からは遠い、抗えぬ運命に静かに心を押し閉ざしているようにも思える。
大きな決断を重ねながらも、その動機は多くを語られない。ただ「自分の正義のために」と前を向く。その潔さは、友のため、信念のためという単純な言葉だけでは測れない。
物語の行き着く先にあるのは、誰かのために生き続けてきた青年の、誰のものでもない「自分自身の願い」。真っ直ぐな眼差しと誇り高い声は、物語上の市民のみならず観客の心にも深く刻まれる。黄金が散るような終幕の演出は、フランスの風にさらわれてしまいそうなほど儚く、それでいて、この世界のどこかで風と共に在り続けるような美しさを湛えていた。

悠久を生きる者たちの眼差し
冷静な佇まいの奥に深い愛情を宿すヴラド(演:佐藤弘樹)と、ユーモアとクールさを併せ持つ従者のヴィンツェル(演:鵜飼主水)。この主従は今作でも確かな存在感で物語を支える。
序盤で披露されるヴラドのアクションは、これから物語を見届ける観客へ向けた“最高級の挨拶”のようにさえ感じられた。ヴラドの命を受けたヴィンツェルの見せ場もまた鮮やかで、黒を基調とした衣装は背景に溶けるどころか、むしろその黒を味方につけてより存在感を増しているかのようだった。


特に印象的なのは、ヴラドのシェヘラへの向き合い方である。「お前にこそ生きてもらいたい」と目線を合わせて静かに語るその眼差しの奥には、彼の人を想う温かさが確かに滲む。
悠久を生きる者だからこそ、シェヘラの孤独や痛みを理解して気にかけているのだろう、当初はそう感じていた。しかし物語が進みシェヘラという人物像が解きほぐされていくにつれ、ヴラドはシェヘラの中に「光」を見ていたのだと思わされる。
枠物語がもたらす、もう一段深い没入
本作最大の仕掛けは、フランスの東洋学者ガランを語り手とする「枠物語」形式にある。外枠となる大きな物語の内側に、無数の短い物語を埋め込んでいく、まさに『千夜一夜物語』を思わせる構造だ。

開演直後、暗転もなく、軽快なラッパの音とともに一人の人物が現れる。途端に我々は「舞台を観に来た観客」から、「ガランの記者会見を聞きに来た観衆」へと立場を変えるのだ。
つまり「これから舞台上で繰り広げられる出来事は、ガランによって語られている物語である」という構図が出来上がったうえで幕が上がる。この導入の巧みさは実に痛快だ。物語に没入したかと思えば、ふと語り手ガランの視点へ引き戻される。その往復が心地よく、憎いほど面白い。
一体どこからどこまでが真実で、フィクションなのか。はたまた全て本当にあった出来事なのか。夢の中でさらに夢を見ているかのような、不思議な観劇体験だった。
真実と虚構の境界は最後まで示されない。だからこそ想像は広がり続ける。そして、その真偽はわからなくても、少なくとも一つ確信をもって言えることがある。本作は間違いなく「黄金よりも価値のある物語」であった。



Text by 河村ゆりな
舞台「虚の王:‖」公演概要

【公演名】
舞台「虚の王:‖」
【作・作詞・演出】
吉田武寛
【音楽】
hoto-D
【About】
実在したと言われる血塗られた歴史的事象をモチーフにしたダークなオリジナルストーリーを、男性俳優が歌い、踊り、戦い、華やかに描く通称「王ステ」。
第8弾「虚の王:‖」を上演。
【Story】
18世紀初頭のパリ。
果てしない旅を続けるヴラド、ヴィンツェルの元に届いた依頼。
それは、フランスの東洋学者アントワーヌ・ガランによるものだった。
「あらゆる物語を集めた。
しかし、毎晩ひとりずつ王に殺されてしまう」
物語を盗んだ青年の名は、シェヘラ。
千の夜の果てに果たして生き残るのはー。
【出演】
金子隼也
佐藤弘樹
鵜飼主水
佐藤祐吾
大谷誠
鈴木祐大
縣豪紀
塚本凌生
白金倫太郎
結城伽寿也
桐田伶音
成瀬遙城
高岡裕貴
二葉勇
君沢ユウキ
〈サーヴァント〉
天戸拓磨
佐々木太一
立花将
中谷優斗
峯孝仁
加納義広
【「王ステ」公式HP】
https://kingstage-series.net/
【公式X】
https://twitter.com/ou_stage
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