2023.08.19MAGAZINE

舞台「NO TRAVEL, NO LIFE」2023稽古場レポート

あれから三年。僕たちは苦しい時代を生きてきた。人類が誕生したのは20万年前。この先、時間が仮に無限に続くことを思えば、この三年などほとんど無に近い、地球にとっては小さなニキビ程度の思い出に過ぎないのだろう。ネアンデルタール人の足に棘が刺さった痛みを僕たちが知る由もないようにニキビは忘れ去られ、消え去り、未来の人たちには懐かしさを感じさせ、これから地球に起きるもっと大きな出来事の中に埋もれ、年表から探し出すのも困難なほど小さな点として扱われるのだろう。しかし僕たちにとっての20202022年は、年表の上に大きく、太字で、赤く、かつマーカーで記録された。そしてまだその傷跡は癒えない。 

  

2023年。 

そんな時代に稽古は始まった。 

 

東京某所。 

彼はそこにいると聞いてカメラを持って赴いた。 

 

三度目の、写真家須田誠が主演俳優スダマコトを撮影するプロジェクト。 

 

その俳優は、渡辺和貴という男。 

 

舞台「NO TRAVEL, NO LIFE 」 2023

【2023年5月3日 稽古場】

ドアを開け稽古場に入ると沢山の関係者が各々の持ち場で動いていた。プロデューサー小宮山薫、演出家の吉田武寛、舞台監督、演出助手が二人、制作スタッフ、音響スタッフ。俳優陣は、堀海登、大谷誠、込山榛香(AKB48)、中村裕香里、馬嘉伶(AKB48)そして今回の主演、スダマコト役の渡辺和貴。

稽古場は小道具が溢れていた。まるでマティスの絵「ピンクのスタジオ」と「赤の大きな室内」を掛け合わせたような美と乱雑さが融合した風景だった。

ハンガーラックにかかった何着もの衣装、リュック、スーツケース、ロープ、ギター、ベース、レコード、果物、魚、卵、コップ、ワインのボトル、花、ラジカセ、拡声器、帽子、お面、靴、手紙、紙飛行機、ハンモック、テント、杖、トレッキングポール、ほうき、海外のお札、新聞紙、パンフレット…そしてカメラ。それはまるで宝の地図を探しにきた盗賊が家の中を荒らしまくったあげく何も盗まずに去っていったかのような風景でもあった。

その理由は二つある。一つは役者が舞台から袖に一度もはけずに演技をするため、小道具が全て舞台上に配置されていることを想定しているためだ。全部観客に見えている状態になっている。二つ目は、一人の役者が何役もの役を担わなければならないので沢山の小道具が必要なためだ。

役作りだけでも大変だが、これらの小道具を間違いなく使いこなすのも大変だ。暗い舞台の中で一個見つからなかったら舞台が成り立たない。

稽古は続く。何度も何度も役者と演出家のやりとりが繰り返され舞台が少しずつ前進していく。セリフの言い回し、トーン、顔の向き、立ち位置、動きなど、繊細な確認をひとつひとつこなしていく。とても根気のいる作業だ。

前回同様にヒマラヤでの緊迫した遭難するシーンは重点的に何度も繰り返された。まだ稽古の段階にもかかわらず、遭難から生還したシーンを演じる大谷誠は涙を流している。全員の熱の入れように撮影しているこちらも胸が熱くなっていく。

僕は数メートル離れた位置から望遠レンズで撮影をしていた。ファインダーから目を離さず、僕の右目は獲物を狙うハンターのように渡辺和貴をとらえ続ける。望遠レンズを付けたカメラは重い。しかし一度でもファインダーから目を外したら良い表情を見逃してしまう。表情も動きも一瞬だ。それはスポーツの撮影と同じぐらい目が離せない。

この部屋の中で僕だけが渡辺和貴の顔を数十センチぐらいの距離に近づいているかのように見つめている。表情の一つ一つはもちろん、涙、皺、口の動き、指先、白目の毛細血管まで見える。

渡辺は、ヒマラヤのシーンでは瞳孔が開くほどの力強い目線と表情で白熱の演技を見せてくれていた。しかし彼なりの熟練したやりかたなのだろう、何度も繰り返す難しいシーンひとつひとつの台詞と動きを冷静に確認しながら演技を進めているように見えた。

ときに激しく、ときにクールに、ときに無言でうつむき、ときに遠くを見るような目で何かを考えている。かと思えば共演者と確かめ合い、冗談を言い合い、演出家に成果を問い、スダマコトと渡辺和貴を行き来していた。

彼の台本はすでにかなり読み込まれてしわくちゃになっていた。

今回の撮影は2020年のコロナ禍でのスダマコト撮影プロジェクトからストーリーがつながっている。あの苦しい時代を経て、今、僕たちはどう生きていったらよいのか。コロナ前よりも混沌とした、変動が大きく、複雑で不確定で曖昧な時代。不景気、貧困、少子化、医療、戦争、気候変動、災害、先の見えない不安定な未来。

スダマコトを撮るプロジェクトも単なる企画として撮るのではなく、背景にはしっかりとしたコンセプトを持たせ、舞台とも連動させてメッセージを伝える。それが主催者との共通認識でもあった。

『NO TRAVEL, NO LIFE』という本から発するメッセージを舞台で、写真集で表現していく。それが僕須田誠の役割であり、三人目のスダマコト渡辺和貴の役割であった。

そうやってこのプロジェクトは進んでいった。

次回、ゲネプロ撮影、ロケ撮影の生レポートとつづく。

文・写真 須田誠

舞台「NO TRAVEL,NO LIFE」2023特別企画!

原作者須田誠氏が、須田誠を演じた渡辺和貴を撮り、フォトブックとして制作する「須田誠、スダマコトを撮る2023」(仮タイトル)今秋発売予定!
須田誠氏の文章を含む豪華な内容となっています。
ご予約は9月9日(日) 9:00〜よりILLUMINUS STOREにて開始いたします。

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