25.6.14夜と声の体験を紡ぐ「夜声」企画の原点と未来
第1章|「夜声」企画の原点
朗読とは、本来“声”と“音”だけで立ち上がる表現だった——。
演劇の延長線として視覚演出に引き寄せられがちな朗読に対して、淡乃晶は「聴覚優位の表現」としての朗読を再定義しようとしてきた。『花羽音』、Reading in the dark 『春琴の佐助』といった作品の背景には、耳だけで世界が広がるという体験への深い信頼がある。「夜声」は、その原点に立ち返るようにして生まれた企画だった。
小宮山薫:朗読って声や音だけで成立する表現であって、むしろその制限こそが豊かさにつながると思うんです。
淡乃晶:最初に朗読と関わったのは、2017年でした。たまたまご縁があって、目黒鹿鳴館というライブハウスで、「朗読企画をやってみないか」と声をかけてもらったのが最初で。
正直、当時は朗読のことをあまり知らず。昔話を読むような、読み聞かせ的なものかな?くらいのテンションだったんですけど、でも、北さん(サウンドアーティスト:北島とわ)からとある音源をオススメして貰って。それが、白倉由美さんのリーディングストーリーでした。90年代の深夜ラジオで流れていた、音楽と詩的なモノローグ、退廃的で幻想的な世界観。それを聴いたとき、自分に馴染む感覚がありましたね。元々美少女ゲームに出てくるような心情描写、ポエムやモノローグが好きだったのもあり、自分のルーツとリンクしたのもあります。白倉由美さんの作品に触れたのがきっかけで、自分の中で朗読という表現への意識がガラッと変わったんですよね。今でも、その体験が根幹にあります。
小宮山薫:淡乃さんはこれまでずっと演劇を中心に活動されてきたと思うのですが、朗読という表現に出会って、一番「これは演劇とは違う」と感じた部分、特に“音ならではの表現”って、どのあたりにあるとお考えですか?
淡乃晶:朗読ならではの表現…。でもやっぱり聴覚優位の表現だと思います。目で見るんじゃなくて耳で見る行為かなと思いますね。目の前で起きていることを目撃するではないというか、その場に居合わせて、耳から入ってくる声や音で、想像が刺激される体験なのかなと。想像の範囲で言うと演劇よりも広く感じるというか、自由だし、行こうと思えばどこまでも行けますね。
小宮山薫:これは打ち合わせでもよく話すんですけど、朗読って、演劇に比べて視覚的な情報が少ないぶん、聴いている側の脳に負荷がかかるんですよね。その分、想像力——つまりイマジネーションが強く働く。
中高生の頃に夢中になって聴いていた音楽をふと耳にすると、その時代の記憶が一瞬でよみがえってくる。あれと同じで、たったひとつの“音”がトリガーになって、想像の世界が一気に広がっていくような感覚があるんです。僕はそういう体験を、すごく感覚的に信じているところがあります。
淡乃晶:僕が作品を作る上で目指してるのは、何かきっかけになるもので。お話だけど、お話を追うだけじゃないというか。みんなの人生の中で、こういう瞬間があったよねとか。ただ行為そのものに何か惹かれちゃうなとか。 そういうパーツがいっぱい並べられてるみたいなことが朗読を鑑賞する中で起きてほしいことで。それの究極形がある意味花羽音なのかなと思ったりもしてるんですが。花羽音は表現方法そのものを解体する作業ではあったんですが、今回の夜声は基本的に今まで自分がやってきた朗読スタイルなので、追えるようなお話や物語が存在しています。
小宮山薫:淡乃さんの朗読といえば北島さんと長くタッグを組まれてますよね。お二人は、やっぱり目指している表現や方向性が、かなり近い部分があるんでしょうか?
淡乃晶:お互い趣味は違いますね。僕は人と人の話とか心の葛藤や感情が好きで、ミクロな視点をよく書くんですけど、北さんはどちらかと言うともうちょっと俯瞰的で、自然だったりとか大きな概念的なことを見つめているから。僕が中をやり北さんが外をやり、それが混ざり合ってどちらにも行けるみたいなことが起きてるのかな。
小宮山薫:それ、すごく分かりやすいですね。お互いの視点が違うからこそ、作品としての奥行きが生まれてるんだなって、すごく腑に落ちました。
淡乃晶:僕に合わせちゃうともっと小さくなっちゃうところを、あえて外してもらえたりしてるかなっていう。
小宮山薫:おふたりのタッグによる朗読劇って、やっぱり他にない世界観がありますよね。真似しようと思ってもなかなかできないというか。すごく差別化された朗読コンテンツだなと感じています。
淡乃晶:タイプが違うからできてることだと思います。どちらかに寄ることもきっとできるんですが、この状態だからこそ色んな背景の人が入れる可能性があるというか。
小宮山薫:淡乃さん、北島さん、そしてILLUMINUSでご一緒した『花羽音』や「Reading in the dark 春琴の佐助」といった企画の延長線上に、今回の「夜声(よごえ)」があると感じています。
この「夜声」という企画——タイトルも含めて、もともとは淡乃さんの発案だったと記憶していますが、あらためて、このアイデアがどのように生まれたのか、その経緯をお聞かせいただけますか?
淡乃晶:まず「総合的な体験をやっていく」という気持ちがありました。本編も体験しつつ、劇場に行く前の感覚、出た後の余韻だったり。そういうすべてをひとつの作品に体験として取り入れることはできないかなと。ILLUMINUSさん、小宮山さんといくつか作品をつくっていくうちに、その方向性がタッグを組む上で合いそうだなと思ってました。それと、かつて僕の作品が夜に向いているというお話を聞いたことがあって。しっとり浸るような自分の作品を夜、または夜中にやれたらという想いがミックスした感じです。特定の場所、特定の時間に集まるという体験とリンクするような作品がやりたいとご提案させて頂いて。
小宮山薫:この企画の話を最初に聞いたときに思ったのが、「夜って、本当に同じ街でも全然違って見える」ということだったんです。毎日歩いている場所でも、夜になると景色ががらっと変わる。実は、普段はあまり意識していなかった感覚なんですよね。
この前、(夜声の会場である)門前仲町を夜に歩いたんですが、まるで旅をしているような気分になって。それがすごく楽しかったんです。知らない街に来たような、新鮮さがあった。そうやって“街全体に入り込んでいく感覚”と朗読が重なったら、すごく面白い体験になるんじゃないかって。
会場に来て、作品を体験して、帰り道にふと夜道を歩きたくなるような——そんな余韻が残るものにしたいなと思ったんです。淡乃さんの作品って、そういう余韻がある印象が強くて。「夜声」も、まさにそういう企画になればいいなというのが、僕の最初の感覚でした。
淡乃晶:あと単純に夜って時間が好きなんですよね、自分は。ひとりになって落ち着けるなという。深夜ラジオを聴いたり、誰かの声を聴くという行為は、夜と親和性があると思っていて。寂しい時に誰かの声がすると安心するってコロナ禍の時に感じたんですよね。夜寝る前、誰かの声がそばにあると、眠れるというか。夜っていろんなイメージがあると思うんですけど、今回やりたいのはにぎやかなパーティではなくて、もっと静かで、寂しさがあったり、ぼーっとできたりするようなもの、静かに沸き立つようなものが広がる空間を作りたいですね。
小宮山薫:本当に、そういう意味では「夜声」は、これまでの“劇場で行われる朗読劇”とはコンセプトがまったく違いますよね。お客さんの楽しみ方自体が、これまでと変わってくると思うんです。
淡乃晶:自分としては基本的な朗読スタイルではあって。朗読劇という、ここで行われることは「文字を読み声が発生する」が起きますけど、夜というテーマと小宮山さんからいただいた「いろんな街をめぐっていく」というアイデアが今回あるので、リーディングキャラバンとして、いろんな街を巡ることで面白い体験になっていったらいいなと。
小宮山薫:そうですよね。さっきの「総合的な体験」という話にも通じるんですけど、毎回同じ場所で公演することにも“ホームを作る”という意味では価値がある。でも、場所を変えていくことで、観客の方も「次はどんな場所なんだろう」と調べたり、地図を見たりする。その一連のプロセスが、もうすでに“体験”になっていると思うんです。
「次はどの街でやるんだろう?」「今回の会場はどんな雰囲気なんだろう?」——そういうワクワク感を、お客さんにも楽しんでもらえたらいいなと思ってます。
淡乃晶:夜声の構想の話だと、触れておかないといけないことがあって。元々2019年にリーディングキャラバンLagosという公演を企画していたんですよね。
小宮山薫:それはどんな内容だったんですか?
淡乃晶:暗転の中、手元あかりひとつだけで朗読するという公演で、中野新橋のちいさなスペースで行いました。ただ1回きりで終わってしまって、それ以降できてなかったんですが、コンセプトは良かったなと思っていて。リーディングキャラバンと名付けたのは、本来は1回きりではなくて、いろんな町に朗読のキャラバンがやってきて、物語を届けて、また違うところに移行していく、現実世界と物語世界の中間に存在する旅団みたいなイメージがあったんです。夜声のコンセプトが纏まり始めた時に、まさに今回の企画はリーディングキャラバンなのでは、と繋がりました。
小宮山薫:そうですよね。
淡乃晶:お話を読み、導き、届けるみたいなことがキャラバン的に起きるのかなっていうのは思って。
小宮山薫:まるで“言葉をお土産として置いていく”ような感覚ですね。
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Reading Caravan『夜声』-1st night cruising-
企画原案・脚本・演出:淡乃晶
音楽・音響・sound operate:北島とわ(Portowal birch)
Schedule:7.18(Fri)-7.21(Mon)
Place:HYPERMIX(ハイパーミックス)門前仲町
Produced by:ILLUMINUS