冬の寒さが身に沁みる季節となった。冬物のコートに手袋とマフラー。道行く人々もどこか早足で、街全体が気を急いているように感じる。

Stage Project ILLUMINUSの「喫茶ライフ」を観劇したのは、ちょうどこのような師走の気配が漂い始めた、12月初頭のことだった。

突き抜けるような青空の元、上野駅から劇場のストアハウスへと足を運ぶ。小さな商店の店先に、クリスマスツリーとオーナメントが飾られているのが目についた。いくら12月に入ったとはいえ、忙しい現代人の一人である私は、ほんの少しばかり違和感を覚えてしまった。

クリスマスだなんて、まだまだ先の話じゃないか――。

上野ストアハウスの地下への階段を降りてロビーに入る。受付を済ませて客席に座ると、ようやく安堵した。やわらかい客席の明かりとほどよく効いた暖房、コートを脱いでパンフレットを手にする。この公演はダブルキャスト制、今日は「Team Sweet」の上演である。物語が始まる前に、ちゃんと頭を整理しておく。これから始まるストーリーは、はたして私にいったい何をもたらすのだろう。

「喫茶ライフ」は初演を2016年12月に飾り、今公演は再演となる。初演は拝見する機を失ってしまい、私自身今回が初めての観劇である。評判はずいぶんと聞いていたし、1年足らずで再演を行うのだから、きっと素敵な舞台には違いない。すでに埋まりつつある客席を眺めて、皆わくわくしているのが伝わってくる。自然、私自身も期待が高まってゆく。

舞台上には喫茶店の風景が広がっている。どこかさびれた、レトロな雰囲気。各テーブルを吊り下がったライトが照らし、奥にはカウンターと、味のあるラジオ、そして大事なコーヒーメーカー。イスのデザインが凝っていて、店主のこだわりまで見えてくるようだ。コーヒーの良い香りが今にも漂ってきそうで、――うん、良い喫茶店だ。カウンターのそばにクリスマスツリーが飾られている。なるほど、この物語にもクリスマスは重要なキーワードのようだ。気が早いなどと思い込まずに、私も少し心をゆだねてみよう。

中谷智昭演じる喫茶店のマスターが指を鳴らすと、明かりがともり、幕が開く。豆が挽かれてコーヒーが一杯。ああ、一気に観客が惹き込まれていく。物語が始まった。

閑散とした店内に一人の老婆が来店する。カウンターに腰かけてマスターと二、三、会話。老婆を演じる忠海蓉子が良い。彼女の纏う優しい雰囲気、この物語の方向性をやわらかく指ししめしてくれる。ラジオからはほんの少し遊びの効いたDJがリスナーの恋愛相談に乗っている

舞台は「ライフ」と名付けられた喫茶店の店内。そこにはさまざまな客が訪れる。老婆とマスターとともに彼らの人生の端々に触れる。

 

最初に現れたのはOL風の女性2人、ルミとアラサー。2人は30歳を越えて独り身の様子。クリスマスを共に過ごす恋人もいない。年齢を重ねるほど恋がヘタになって、気は焦るばかり。演じる絵川杏奈と春花きららの軽妙な掛け合いのおかげで、悲壮感よりも女性のたくましさ、いやそれ以上に女性らしい可愛らしさが印象に残る。絵川と春花の2人の魅力が存分に発揮されている。

次に現れたのは、男女の高校生2人。清楚で優等生風の女の子と、それに不釣り合いな不良風の男の子。マスターも老婆も、そして観客も、一目でわかる。彼は彼女に恋をしているのだ。ぶっきらぼうな方法でしか彼女に声を掛けられない、そんな甘酸っぱい男の子を澤井俊輝が演じる。受ける女の子は「Team Sweet」の岡崎絵理菜、彼女のまっすぐな瞳には純真な女子役がぴったりだ。

若い高校生のやり取りに可笑しさと大人になってしまった一抹の寂しさを感じるころ、次の客がライフにやってくる。キチッとスーツを着たサラリーマン風の男ミノルと、まだまだ社会に不慣れな新卒の女性。一見、上司と部下にしか見えない2人だが、人生経験豊富な老婆は少し意地悪に微笑みながら述べる。「あの2人、いったいどんな関係かしら?」妻子ある上司ミノルを演じる宮島誠実と、新卒演じる千歳ゆうが、2人の微妙な関係性を巧みに見せる。あくまで今の関係を保とうとする「上司部下」と、互いに惹かれあう「男女」。その間で揺れ動くさまを一貫して楽しく見せる手法に、演出の吉田武寛のこだわりも感じられる。

熟年の夫婦が来店する。赤沼正一演じる夫と、「Team Sweet」久木田かな子演じる妻。子育ても一段落つき、酸いも甘いもともに乗り越えてきた2人。マスターと夫の楽しいやり取りに大いに笑わされつつ、改めてのんびりと2人の時間を大事にする夫婦の雰囲気が、自然と私の笑みを誘う。直前の男女のもつれを見た後だから、なおのこと安心させられるのである。

人々が集い、そして去っていく。喫茶店「ライフ」では様々な世代の、様々な物語が、同時に出会い、すれ違っていく。その様子をマスターと老婆の視線を通して観察する。この舞台はそのように進んでいくのだろう。そのようなひとときを私は過ごすのだろう。私は少し安心して、イスに深く座りなおした。このままゆったりと優しい時間が過ぎていくのだと思って。

 

2幕に入り、物語はより深まっていく。

 

高校生の女の子は近くクリスマス演奏会でピアノを弾くことになっているらしい。けれどその練習を休んで、男の子に授業のノートを見せている。2人の関係に進展があったのかと勘繰りたくもなるが、どうもそうではないらしい。女の子は自分のピアノにそれほどの価値があるとは思っておらず、代わりはほかにいるのだという。

上司と部下だったはずの男女はどうやら一線を越えてしまったようだ。今度はミノルの妻を交えて3人で来店し、まさに修羅場を物語っている。ともすれば穏やかでない邪険な雰囲気となりがちだが、ここでも描き方はコミカルで楽しい。演出吉田の一貫した姿勢に私は好意を覚える。

OLの2人もやってくる。アラサーはクリスマスにピアノの演奏会を開くようだ。クリスマスが近づいて、ますます焦るアラサー。新しい彼氏にプロポーズをされたルミは、そのことをなかなか言い出すことができない。親友を思うあまり、本当のことが言えないのだ。

安定のよりどころだった熟年夫婦にも、大きな問題が起こる。2人は離婚届に判をついて、これまでを振り返っているのだ。あの優しい2人のやり取りが、幾重にも重なった突っつき合いの果てであったことが分かってしまう。毎年恒例のクリスマス演奏会が2人の最後の時間となりそうだ。

押し黙っていた老婆が、ついに口を開く。それぞれのテーブルの、それぞれの人生に対して、思いのたけを存分に述べる。私はここで気づかされた。この喫茶ライフに集った人々が、実は老婆がこれまで経験してきたことなのだと。いや、それ以上にかつての老婆自身なのだということに。

物語は一筋縄ではいかない。この人生という物語もまた同じである。彼ら彼女らの物語がクリスマス、そこで行われるピアノ演奏会で、どのように交差するのだろう。私は開演前とは別の意味で、大きな期待を抱いていた。

演奏会が開かれる。

高校生の女の子の演奏は胸を打つものだった。彼女に好意を抱いていた男の子は不釣り合いな今の自分を恥じて、「いつか告白するから」と去っていった。

不倫をした新卒女は思いを断ち切り、上司のミノルとの関係を終わらせる。

熟年夫婦最後の夜、夫は最後まで演奏を聞かずに、会場を去っていく。そのあとを、妻は走って追いかけていく。

アラサーは演奏の前に手が震えてしまう。ルミの応援を背に受けて素晴らしい演奏をする。そこへ、「いつか告白するから」と去っていった男の子があらわれる。

 

クリスマスの演奏会を通して、それぞれの人生がひとつづきに紡がれていく。様々な場面と時間が巧妙に、また絶妙に絡み合っていき、アラサーと男の子が見つめ合うとき、一筋縄ではいかない苦い人生にも、ほんのり甘い瞬間があることを強く教えてくれる。

そうして、これまでの人生を振り返って、物語、いや人生は老婆の元へ帰っていく。

「後悔ばかりだけど、私は、それでも生きてきた」

この言葉に、強く心を揺さぶられた。

老婆の名を呼びかける声の中に、かつての夫の声があるのを確認して、もうやり残したことはないとつぶやく。

最後に死後の世界の水先案内人であるマスターにコーヒーを一杯注文すると、マスターは快く聞き入れる。

幕が落ち、物語が終わった後、私は余韻に浸りながらゆっくりと劇場を後にした。

行きがけに通り過ぎた商店のクリスマス飾りがまた目に付く。不思議なもので、クリスマスが待ち遠しくなっている自分にハッとさせられた。

あくせくと苦い思いばかりの人生にも、ささやかな甘い瞬間はきっとある。クリスマスの奇跡を目の当たりにして、私は素直に前向きになれた。「喫茶ライフ」はそんな力が秘められた、本当に素敵な舞台だった。

来年の今頃に、また出会いたいものである。再演が待ち遠しい。きっとまた多くの人の人生に、ささやかな奇跡を生み出してくれることだろう。

 

 

【企画・構成:小宮山薫  取材・文:   写真:  ページ作成:名越未佳】